明治時代(1868年〜1912年)以降、日本は大きな社会変革の時代を迎えました。江戸時代まで幕府によって保護・管理されてきた仏教は、近代国家の形成とともに大きな試練に直面しました。特に「神仏分離」や「廃仏毀釈」による打撃、近代化や西洋化による価値観の変化、新興宗教の台頭など、仏教はこれまでにない厳しい状況に立たされることとなりました。
明治時代の仏教
神仏分離令
明治政府は国家神道を確立しようとする政策を打ち出しました。この政策により、江戸時代まで混ざり合っていた神道と仏教を分離する法令が出されました。全国の神社と寺院は分けられ、多くの寺院が神社から排除されることとなりました。
廃仏毀釈
神仏分離に伴い、各地で仏像や経典、寺院が破壊される運動が広がりました。特に鹿児島や長野などでは大規模に展開され、数多くの寺院が廃絶され、仏教勢力は大きなダメージを受けました。
仏教界の改革と近代化
仏教界はこの危機に対し、自らの存在意義を問い直し、近代的な宗教改革を進めました。具体的には、仏教理論の近代化や再整理が行われ、教育活動が活発化しました。寺院では学校を設立し、出版活動にも力を入れるようになりました。また、仏教青年会や布教団体が結成され、仏教の社会的な活動も広がりました。
仏教の社会事業
仏教は貧困救済や教育、医療、慈善活動に取り組みました。近代的な慈善事業として孤児院や病院が展開され、キリスト教との競争意識も背景にあったと言われています。
大正・昭和時代の仏教
大正デモクラシーと仏教
大正時代は自由主義・民主主義が広がる時代背景の中で、仏教も社会運動や平和運動に積極的に関わりました。新しい仏教思想が登場し、社会主義仏教や労働運動支援の活動が行われました。
昭和戦前期の仏教
昭和時代の戦前期には、国家主義や軍国主義が強まる中で、仏教は国家体制に協力する側面も見せました。戦時中には「戦争協力仏教」として批判される部分もありましたが、戦没者供養や慰霊活動に従事するなど、戦争の影響を受けました。
戦後(昭和後期〜平成)の仏教
戦後の宗教の自由
戦後、日本国憲法(1947年)により信教の自由が保障されました。仏教は戦争協力への反省から、平和運動や人権運動に積極的に取り組むようになりました。
新興宗教の台頭
戦後の混乱期に新宗教が急成長しました。創価学会や立正佼成会、阿含宗などがその代表で、伝統仏教(既成仏教)はこれに対して危機感を強めました。
葬式仏教化の進行
仏教は日常生活ではあまり意識されず、葬式や法事の時だけ関わる「葬式仏教」と批判されることが増えてきました。
現代(平成〜令和)の仏教
仏教の多様な活動
現代では、仏教は環境問題や地域活性化、ボランティア活動などにも積極的に取り組んでいます。また、寺カフェや座禅体験、写経体験などの新しい試みも広がりを見せています。
少子高齢化と寺院の危機
過疎化や人口減少により、地方の寺院は維持が困難になっています。無住寺(住職がいない寺)の増加や、檀家制度の崩壊、支援者の減少が深刻な問題となっています。
仏教のグローバル化
禅や仏教哲学は海外で高い評価を受けており、外国人向けの仏教活動や英語での法話などが広がっています。
まとめ
明治時代以降、仏教は国家政策や社会の急激な変化に直面しながらも、柔軟に対応し、様々な改革を行ってきました。しかし、現代においても仏教は「葬式仏教」や「寺院消滅」などの課題を抱えており、一方で、仏教の持つ思想や精神文化は国内外で再評価されています。新しい仏教の姿が模索され続けている状況です。化に直面しながらも、柔軟に対応し、様々な改革を行ってきた。しかし、現代においても仏教は「葬式仏教」や「寺院消滅」などの課題を抱えている。一方で、仏教の持つ思想や精神文化は国内外で再評価されており、新しい仏教の姿が模索され続けている。
明治時代~現代に特に重要な京都の寺院
- 西本願寺(にしほんがんじ)|浄土真宗本願寺派
- 明治以降も日本仏教界の中心的存在として存続
- 1898年:龍谷大学(起源は江戸時代の学寮)を近代仏教教育機関に再編
- 1994年:ユネスコ世界遺産「古都京都の文化財」として登録
- 東本願寺(ひがしほんがんじ)|真宗大谷派
- 大火災後、明治〜大正にかけて大伽藍を再建
- 近代仏教の「民衆の中の宗教」を実践し続ける存在
- 同朋大学、真宗本廟(御影堂)など文化活動にも積極的
- 南禅寺(なんぜんじ)|臨済宗南禅寺派
- 明治以降も臨済宗の重要拠点
- インフラ施設である「琵琶湖疏水・水路閣」の存在が近代京都の象徴に
- 観光名所としても高い評価
- 建仁寺(けんにんじ)|臨済宗建仁寺派
- 明治以降も日本最古の禅寺として国内外の注目を集める
- 文化財の保存・公開、芸術との連携にも積極的(俵屋宗達「風神雷神図」など)
- 妙心寺(みょうしんじ)|臨済宗妙心寺派
- 教育機関(花園大学)などを通して仏教思想の普及に貢献
- 明治以降も宗派最大の臨済宗系統として勢力を維持
- 禅文化の国際発信の拠点にもなっている
- 知恩院(ちおんいん)|浄土宗
- 明治時代の「神仏分離」による打撃を乗り越え、国宝・重要文化財の保護に尽力
- 観光と信仰を両立する寺として再整備(平成の大修理なども実施)
- NHK『ゆく年くる年』でおなじみの除夜の鐘は全国的にも有名
- 清水寺(きよみずでら)|北法相宗(法相宗系)
- 江戸時代以前の創建だが、明治以降の観光・文化活動で特に影響力大
- 「清水の舞台」で有名、現代でも年間数百万人の参拝者
- 世界遺産登録(1994年)で国際的な認知も確立